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原口元気選手の奥さんとの馴れ初めと少年時代を振り返って [スポーツ]

原口元気選手と言えば
日本を代表するサッカー選手

奥さんは香屋ルリコさん。
すごい美人です。うらやましい


023.jpg
http://mainichi.jp/graph/2012/08/31/20120831k0000m...より引用




◆奥さんとの馴れ初め

香屋ルリコさんは元フリーアナウンサー。
原口選手と結婚を発表されたのは2015年の9月のこと。

馴れ初めは友人の紹介で知り合い、
原口選手が香屋さんに惚れ込み
1年の友人関係から恋人同士へと発展。

3年半にわたり遠距離恋愛で愛を育み
ついに結婚となったのです。

遠くドイツの地で戦う彼を思い続けた香屋さん。
原口選手の何よりの力になったにちがいありません。





◆すでに名が知れていた少年時代

原口元気選手は1991年の5月、
埼玉県の熊谷市で次男として生を受けます。
3800グラムの大きな子です。

4つ上のお兄さんと3つ下に妹さんがおられます。

幼いころから活発で、
とにかく外を走り回って遊ぶ子供でした。

保育園に通う頃にはすでに
サッカーボールに触れていました
父・一さんの影響です。

お父さんが相当なサッカー好きで、
シニアリーグでプレーしたりドイツに観戦にいくほど。

幼い元気少年の才能をすでに見抜いていた一さん。
なかなかのスパルタだったらしく、
3歳ぐらいの頃から「リフティング30回やれ
などと厳しく指導されていました。


しかしその甲斐あってか6歳の頃には
何百回とリフティングができるようになり
そのセンスが幼少期から花開くことになります。

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小学校チームでは2~3年生と
一緒にプレーしても遜色のないほど。


強豪のスポーツ少年団に入り、
そこでも才能を発揮。
大ベテランの監督を驚かせています。
小3で小6の大会にでるほど


各ポジションを一通り経験したのですが、
ゴールキーパーにはまった時期もあったとか。
その時はフィールドプレイヤーに
なってもらいたかったお父さんに止められたようです。

 

元気選手と言えばドリブル。
この才能は少年時代の影響が強く出ていて、
所属していたスポーツ少年団の方針は
個の戦力をみがくこと。

なのでドリブルの練習が
かなりの部分を占めていたのです。


その甲斐あって今では世界に通用する
ドリブラーの元気選手ですが、
本人はもっとヘディングなどの苦手な部分も
もっと練習するべきだったと振り返っています


傑出した武器を持つのか
バランスの良い選手になるのか、
悩みどころですよね。

しかし少年時代にそこまでの戦略性を
持たせるのはやはり難しいので、
本人が「これ!」と思い立ったスキルに
全力を出すのが一番自然で
有効なことなのだとおもいます。



元気少年は着々と力をつけ、
小6でサッカーの全国大会の二冠を達成。
その名は瞬く間に全国区に。



しかし天才的な才能を持つ人にありがちな話で、
少年時代の元気選手は人に対しても厳しい人だったようで。

勝ちたい意識が強すぎて、
試合中仲間に対してかなり
きつめの言葉を発してたみたいです。

本人は当時を振り返り
「表現の仕方が子供だった」と言っています。




ドイツに移籍したころから
人間的にも成長したと言われていて、
それには結婚も功をそうしたのかも。

これからますます活躍してほしいですね!


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